7月14日の日曜日,お天気は良くなかったが,思い切って大阪まで「広重 — 摺の極」を観に行ってきた。大混雑と大行列を予想していたが,整理券方式で入場時間が来場者に割り当てられるため11時過ぎ会場に到着後間もなく11時30分にすんなり入場することができた。
作品展のポスター |
大混雑ではないものの会場内は結構な人。「鑑賞の順は特に設けていないから自由に行き来してください」とのアナウンス。つまり,混雑しているとはいえ自由に進んだり戻ったりできるほどのスペースの余裕はある。僕にとっては趣味や道楽の木版画だが,流石にプロの作品は絵も彫りも摺も次元が違う。僕の道楽の木版画とは別物と考えた方が正しい。それでもやはり,気分が高揚して一つ一つの展示作品を食い入るように鑑賞してきた。
僕の木版画と比べるのは烏滸がましいのだが,4月に行った「福田平八郎展」(こちら👉)の時と同様,自分がやっていることもまんざらおかしなことではないのだと妙な自信がわいた。
- 見たものをそのまま上手に絵にすることができなくても,心でそのように見えたことを,頭に浮かんだイメージをどんなに単純であっても,自分なりに描けばいいんだ。無理矢理,写実に近づける努力をしなくても(もちろん僕にはそんな技量はまったくないが),気持ちを伝えることの方が重要なんだ。とくに煙の描き方に思わず「ガッテン!」。さっそく応用してかねてかふぁ悩んで停滞していた小さな木版画を一つ完成させた。
- 以前,多色刷りがズレて白い隙間ができたり,細い線や細部が欠けてしまったりすることを嘆いていた。目を凝らして見ると,広重の作品にも白い隙間や細い線が欠けている所がある。かつて,ズレやカケを気にしていると,木版画の手解きを受けた二人の先生(琵琶湖のK先生,北野のH先生。どちらも女性)が「だってそれが版画なんだから」とニッコリ笑って言われたことを思い出した。これからはそんなことは気にせず楽しもう。
- 浮世絵は,絵師,彫り師,摺師の共同作業だが,僕はその三者をすべて一人でやっているわけだ。400メートル走のタイムは400メートルリレーのタイムに遠く及ばないのは当たり前。これで飯を食っているわけではないので気楽にやろう。しかし,広重にこういう絵を持ち込まれた「彫り師」は,「これを彫るんですか?もう勘弁してくださいよ」と言いたくなっただろうな。それほど緻密な絵だった。そういう意味では,絵師,摺師だけでなく彫り師にも光を当ててほしい。「摺の極」だけでなく「彫の極」も十分あると思う。
というわけで,一つ一つの作品を丁寧に鑑賞していると,あっというまに時間が経ち,会場の出口で時間を見るとなんと2時間前になっている。2時間以上食い入るように見ていたわけだ。会場内は飲食厳禁,さすがの僕も水分不足で熱中症直前。広重展ならず疲労重展。
ただ一つ気になったのはこのブログの表題にもあるように広重のブルーのこと。会場で作品はいくつかの章に分類されて展示されており,その章の最初に各章の説明の大きな看板が掲げられている。看板はあまり気にせず作品に集中していたが,後ろから「広重の青は,ペルシャンブルー,ペルシャの青なんやねー」という女性の声が。思わず「違う,違う,ペルシャではなく,プルシャンブルーですよ」と言いかけて,その看板を見ると,なんとペルシャンブルーと書かれている。丁寧に英語でもPersian Blueと書かれているのだ。
看板では,ペルシャンブルーという記述の前には,この藍色を「ベロ藍」とも書かれている。つまりベルリンから来た藍色で,ペルシャから来たものではない。そもそも公式にはペルシャンブルーなる色の名前はない。それでも美術に素人の僕には,その場で「違う,違う,ペルシャではなく,プルシャンブルーですよ」と言う自信はなかった。きちんとした学芸員さんがいる美術館でこんなことを間違うわけはないから,おそらくこれまで僕が理解していたことが誤りだったんだろうと。
帰宅後も違和感は消えず,いろいろ調べてみたが,浮世絵の藍色がペルシャンブルーという記述はまったく見つからなかった。どれもプルシアンブルーと書かれている。とても気になるので,問い合わせようとしたが,美術館には電話以外に問い合わせ先がみつからない。たまたま展覧会のサイトに,ハルカス大学連携美術講座「広重展のみどころ紹介 初摺りの魅力」との記述があったので,ハルカス大学にある問い合わせフォームで質問してみた。3日後展覧会担当者からの伝言という形でメールが転送されてきた。
実はハルカス大学はハルカス美術館とは全然別物らしく,わざわざ美術館の担当者に聞いてくださったとのこと。ハルカス大学の方の丁寧な対応に感激。しかし美術館の担当者の回答では僕の違和感は消えなかった。転送された回答は
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今は「プルシャンブルー」と表記するのが一般的
過去に、「ペルシャンブルー」と表記されていた時期もあり、その名残です。
原文「Prussian blue」の日本語カタカナ表記ですので、表記ゆれがあった。
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という簡単なもの。どうやら特に問題はないようだ。しかし,素人の一般人が多く観に来る展覧会で,今は一般的な「プルシャンブルー」を用いずに,過去に表記されていたこともあるという特殊な「ペルシャンブルー」を用いたのは何故なんだろう?「ペルシャンブルー」と表記されていたのは過去のいつ頃のことなんだろう。それに原文「Prussian blue」の日本語カタカナ表記とのことだが,そもそも会場の看板には英語でもPersian blueと書かれていた。後ろの女性の声に思わず看板で確認したから僕の記憶に間違いはないだろう。
いずれにせよ,この回答では,いったい何が正しくて,何が正しくないのかがまったくわからない。転送された回答では,ペルシャンブルー(Persian blue)であってもプルシアンブルー(Prussian blue)であってもどちらでも構わないと言うことのようだが。他の細かい事ならともかく,藍色(ベロ藍)はいわば今回の展覧会の核心部分だから,気になって仕方がない。誰か何が正しいのか教えて下さ〜い。