2021年6月29日火曜日

A place I have never been (VI) : 南アメリカ(サンチャゴ に雨が降る)

南アメリカはとても遠い。もちろん日本からの直行便はないのでアメリカのどこかの空港で乗り換えることになる。南米に縁がなかった訳ではない。大学院時代には,ウルグアイからの留学生Y君,ブラジルからの留学生Mさん,アルゼンチンからの留学生Hさんなど何人かの親しい友人もいたし,僕が京都のR大学に助手として採用された時も,皆で南米料理のお店で送別会までしてくれた。みなとても素敵な人たちだった。もう40年以上前のことだ。皆元気にしているのだろうか?

さらにオランダにはラテンアメリカ文学を専攻している若い友人もいる。彼女はチリに長期滞在していたこともある。カリフォルニア滞在時,現地の小学校での息子の一番親しい友人はペルー人で,毎日のように家に遊びに来ていた。このように南米にはいろいろな縁があるのだが,結局は南米には一度も行けなかった。

ミャンマーからのニュースで,古い映画『Il pleut sur Santiago(サンチャゴ に雨が降る)』(フランス・ブルガリア合作)を思い出した。木版画は映画とは関係ないが,サンチャゴ ,雨という言葉に触発されて作成したものだ。冠雪のアンデス山脈を背景にしたサンチャゴ の街並みはとても魅力的だろうと思い,全くの想像で作成した。山の高さは全然違うが,どことなく海から見た神戸の風景に似ていなくもない。

サンチャゴ に雨が降る(葉書サイズ)

この木版画は「彫り進み法」で作成した。つまり使用した版木は1枚だけ,刷り上がりも12枚限定である。一枚の版木で,彫っては摺り,彫っては摺りを繰り返すので,刷り直すことはもう出来ない。以下,その手順を示しておこう。

ステップ1:まず,縦線の雨を細い丸刀で彫り。アンデス山脈の部分に白の絵の具をのせて摺る。のちに薄いブルーで色付けする空や濃いブルーで色付けする低い山並みとの境界はあまり気にしなくても良い。ただ紙が白いので絵の具は少しだけブルーを混ぜて純白と区別した。

1. アンデス山脈と雨

ステップ2:薄い(アンデスよりは少し濃い)ブルーの絵の具を街並みのビルの窓のあたりにのせて摺る。ここでも境界線はあまり気にする必要はない。

2.ビルの窓

ステップ3:街並みのビルの窓を彫り(くり抜き),グレーの絵の具をビルのあたりにのせて摺る。ここでも境界線はあまり気にする必要はない。同時にアンデスの稜線の影を残して,雨の線などをすべて削り取る。ここでアンデスと空の境界,アンデスと低い山の境界はクリアーにしておく。ビルの壁と同じグレーをのせて摺る。ここで窓と尾根の影が現れる。

3. アンデスの稜線の影とビルの窓

ステップ4:空の部分に薄いブルー(今回はホリゾンタルブルーを用いた)を乗せてする。ここで空と雨がくっきりと現れる。

4.空と雨

ステップ5:街路樹などを表す一番下の部分に緑(今回はカメリアグリーンを用いた)をのせて摺る。このとき緑がビルの窓に重ならないように,窓を含めてビルの輪郭をくり抜いておく必要がある。

5. 街路樹を表す緑

6.最後にビルの輪郭をくり抜いた低い山の部分に濃いブルー(今回はプロシアンブルーに紫を少し混ぜた)をのせて摺れば最初に示したものが出来上がる。

彫り進み法は,どうしても色の重なりが出る。事実「サンチャゴ に雨が降る」の版画も,色の重なりがないのは,空のブルーと雨の白そして窓の薄いブルーだけだ。色が重なるとどうしてもくすんだ色になる。そういう色合いの絵にはとても合う方法だが,単色のスカッとした色合いを好む絵には問題があるように感じた。彫り進み法を自分のものにするためには色彩の勉強が必須であるとも感じた。



2021年6月28日月曜日

メジロの巣立ち

裏庭のヤマボウシに,しきりにメジロが出入りしているので,窓越しに双眼鏡で観察すると,枝分かれの部分に鳥の巣を発見。巣の中には卵か,それとも雛かと考えていると親のメジロが餌を持って巣に帰ってきた。三羽ほどの雛が小さな嘴を巣の上に突き出し,雛がいることがわかった。きっともっと以前から巣を作っていたのだろうが全然気がつかなかった。

雛の嘴

餌を運んでくる親鳥

雛は二、三日のうちに見る見る大きくなり,親が運んでくる餌も大きなものに変わっていく。ある朝どうも裏庭とは逆の方向(つまり玄関の方)で,小さな声で鳴く鳥が飛び交っている。木から木へ飛び移り,どうやら飛行訓練をしているようだ。双眼鏡で見ると,まだ毛は綺麗に揃っているというほどではないが確かにグリーンのメジロだ。雛が巣立った。

鳥は一度巣立つともう巣には戻らないのだろう。というより巣は卵を孵化させる雛を育てるためにだけ用いられるのだろう。少し寂しい気もしていたが,早起きするとやはり裏庭で鳥の声がする。どうやら巣立ったメジロたちが,ブルーベリーの実を食べにきているようだ。少し安心して幸せな気持ちになった。

ブルーベリーをつつくメジロ

脅かすとかわいそうなので,全ての写真は窓越しに撮影。古いデジタル一眼,オリンパスe410に70-300mmのズームレンズ(通常の140-600mmに相当)をつけて撮影。古いカメラで手ブレ補正もない割には大きなブレもなくほぼピントも合っている。

2021年6月14日月曜日

彫り進み法

木版画教室の今期の課題は模写だ。つまり既に確立している名画をそっくり模写することで,作品の構図や色彩,摺や彫りなど木版画のテクニックを学ぶ訳だ。美術の世界ではこの模写というのは一般的らしい。模写をしてどれだけのことが学べるかは,おそらく,どのような作品を模写するかが決定的だろう。

ちょうど緊急事態宣言下,教室が休講となり作品の選択には十分時間がある。しかし十分時間があるから良い選択ができるわけではない。そんなとき森嶋先生が「安物の理論を実証的に研究しても安物の研究にしかならない。一流の理論を基にしないと良い研究にはならない」と言われていたことを思い出した。そういう訳で,僕はピカソのゲルニカを模写することにした。

このみ先生から,ゲルニカを題材に「彫り進み法を勉強してはどうか」とアドバイスを受けた。「彫り進み法」とは,一枚の版木を彫っては摺り,彫っては摺りを繰り返しながら版画を完成させていく手法だ。ゲルニカは単色で白から黒までの墨の濃淡だけの作品だから,まずは白の部分をくり抜いて薄いグレーで摺り,さらにその次にその薄いグレーの部分をくり抜いて,再び薄いグレーで摺りを繰り返していくと,くり抜いていない部分は墨が次々と重なって行き濃淡ができるのである。

この方法は,一枚の版木に彫りを加えていくので,失敗するとほとんどの場合取り返しがつかない。後戻りのできない命がけの恋愛と同じ,最後まで突き進む他ない。近松ではないが,失敗すれば最後は「一緒に死んでくれ」となる。

僕が「彫り進み法」にチャレンジしていると言うことを知った木版画教室の大先輩のMさんが,この方法による版画集を紹介してくれた。


今榮繁男さんの『一版多色摺り木版画集』。中には130ほどの様々な木版画が収められている。どれも素晴らしいものばかりでため息。単色ではなくカラーだから,濃淡だけでなく色の重なりによる色彩の変化が生じる。つまり混色の複雑な構造を自家薬籠中のものとしていなければならない。作曲家が複数の楽器が同時に音を発した時,どのような響きとなるかを把握してシンフォニーを作っているのと同じことで,僕のような素人には至難の技だ。

作品を一つ一つどのような手順で作成されたのかを考えたのだが,完全には理解できなかった。とにもかくにもゲルニカは完成した。ピカソは死後まだ70年経っていないので,完成した模写をお見せ出来ないのは残念だが,まずまずの出来になった。

彫り進み法はとても興味深い方法だ。彫り進み法については次の作品でより詳しく紹介することにする。



新二十四節気・冬至

今週末の土曜日(12月21日)は冬至。北半球では一年で夜が一番長い日だ。ただし日の入りが一番早いわけでも無いし,日の出が一番遅いわけでもない。日の入りから日の出までの時間が一番長いというだけだ。実は,日が暮れるのが一番早い日は冬至より少し前,日の出が一番遅いのは冬至より少し後にな...