木版画教室の今期の課題は模写だ。つまり既に確立している名画をそっくり模写することで,作品の構図や色彩,摺や彫りなど木版画のテクニックを学ぶ訳だ。美術の世界ではこの模写というのは一般的らしい。模写をしてどれだけのことが学べるかは,おそらく,どのような作品を模写するかが決定的だろう。
ちょうど緊急事態宣言下,教室が休講となり作品の選択には十分時間がある。しかし十分時間があるから良い選択ができるわけではない。そんなとき森嶋先生が「安物の理論を実証的に研究しても安物の研究にしかならない。一流の理論を基にしないと良い研究にはならない」と言われていたことを思い出した。そういう訳で,僕はピカソのゲルニカを模写することにした。
このみ先生から,ゲルニカを題材に「彫り進み法を勉強してはどうか」とアドバイスを受けた。「彫り進み法」とは,一枚の版木を彫っては摺り,彫っては摺りを繰り返しながら版画を完成させていく手法だ。ゲルニカは単色で白から黒までの墨の濃淡だけの作品だから,まずは白の部分をくり抜いて薄いグレーで摺り,さらにその次にその薄いグレーの部分をくり抜いて,再び薄いグレーで摺りを繰り返していくと,くり抜いていない部分は墨が次々と重なって行き濃淡ができるのである。
この方法は,一枚の版木に彫りを加えていくので,失敗するとほとんどの場合取り返しがつかない。後戻りのできない命がけの恋愛と同じ,最後まで突き進む他ない。近松ではないが,失敗すれば最後は「一緒に死んでくれ」となる。
僕が「彫り進み法」にチャレンジしていると言うことを知った木版画教室の大先輩のMさんが,この方法による版画集を紹介してくれた。
今榮繁男さんの『一版多色摺り木版画集』。中には130ほどの様々な木版画が収められている。どれも素晴らしいものばかりでため息。単色ではなくカラーだから,濃淡だけでなく色の重なりによる色彩の変化が生じる。つまり混色の複雑な構造を自家薬籠中のものとしていなければならない。作曲家が複数の楽器が同時に音を発した時,どのような響きとなるかを把握してシンフォニーを作っているのと同じことで,僕のような素人には至難の技だ。
作品を一つ一つどのような手順で作成されたのかを考えたのだが,完全には理解できなかった。とにもかくにもゲルニカは完成した。ピカソは死後まだ70年経っていないので,完成した模写をお見せ出来ないのは残念だが,まずまずの出来になった。
彫り進み法はとても興味深い方法だ。彫り進み法については次の作品でより詳しく紹介することにする。
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