電話を切ったあと,ふと考えたのが,家の中で「篭」に飼うのではなく「庭」に放し飼いにすればどうだろうかということ。その後,N君に鈴虫を庭に放すということを話したが,あまり積極的に賛同する気配はなかった。おそらく鈴虫愛好家からみれば,庭に放すというのは邪道なんだろう。それは妄想だけにしておこう。
9月に入り,N君と久しぶりに食事をすることになった。その日N君はなんと,たくさんの鈴虫を籠に入れて家まで持ってきてくれた。最初戸惑ったが,それが夜になると玄関で綺麗な声で鳴くのである。想像していたより,はっきりとした美しい音色だ。
『源氏物語』の第38帖「鈴虫」では,光源氏が,まさに鈴虫(現在の松虫らしい)を庭に放し,その鳴き声を聴くことを口実に,女三宮のもとへ通う。これから少しの間,鈴虫の鳴き声を楽しみながら,妄想にふけることになりそうだ。
明日9月22日は秋分。必ずしも秋分の日が中秋の名月(太陰太陽暦の8月15日)とはかぎらない(昨年は9月13日,今年は10月1日が中秋の名月)。しかし源氏物語の設定する1000年以上前の年,秋分の日が中秋の名月だったと仮定するのも悪くはない。そう言うわけで『源氏物語』の第38帖「鈴虫」のシーンを秋分の版画にした。まさに妄想である。作者にちなんで,空は紫色。篆刻の文字はもちろん秋分だが,銀色で押印したため少し見えにくい。