2026年10月23日金曜日

霜降:二十四節気

本日10月23日は二十四節気の霜降。秋もいよいよ終わりですね。霜降の版画は落ち葉。

少し体調を崩しているので、版画はしばらくお休みします。


霜降:落ち葉

落ち葉:小さな額入り

2026年10月8日木曜日

寒露:二十四節気

今日10月8日は二十四節気の寒露。朝夕はすっかり涼しくなった。このシーズン,刈り取られたばかりの稲を稲架で乾燥させているのをよく見かける。稲架と書いて「はさ」あるいは「はざ」と読む。そんな風景を子供の頃の記憶を元に描いた。子供の頃,田圃を通る通学路の近道で刈り株に躓いてよく転んだ思い出がある。そのため版画の図柄には必須条件。

稲架と案山子

2026年の二十四節気の木版画は絵の部分のサイズは市販の小さな額に合わせている。市販の額は「白木」だが,それをニスで着色した。ウォルナット(左)とメイプル(右)の二色だが,色によって随分雰囲気が変わる。服によって人の雰囲気が変わるのと同じかな。

稲架と案山子:小さな額


2026年10月5日月曜日

栂池自然園ハイキング

左脚の手術後、はじめての遠出。73歳の誕生日,栂池自然園で紅葉と白馬三山を眺めながらのハイキングを楽しんだ。「みずばしょう湿原」から「わたすげ湿原」,「浮島湿原」,「展望湿原」を巡る6キロ足らずのコースを,紅葉や白馬三山を眺めながら2時間ほどかけてぐるりと回った。脚はなんの問題もなく歩ききることができた。思い切って手術をしてよかった。

自然園入り口

白馬の山並み

雲海:ヤセ尾根から

紅葉と雲海

杓子岳


2026年10月3日土曜日

木版画:五節句シリーズ完成

五節句の版画のシリーズが完成した。最後は人日,七草の節句。人日は一年で最初の節句だが,五節句の版画をしようと思いついたのが三月だったため最後になってしまった。一月七日を待って作成しようかとも思ったのだが,四ヶ月間一つだけ残しておくのはどうも気持ちが悪く,新しいことにチャレンジしにくい。図柄は,七草粥に入っている七草の植物学者風のスケッチ。もちろん本物の植物学者のスケッチのように正確ではない。

木版画と篆刻:五節句シリーズ

向かって左から,
      1. 人日:七草の節句
      2. 上巳:桃の節句,雛祭り
      3. 端午:菖蒲の節句,子供の日
      4. 七夕:星の節句
      5. 重陽:菊の節句

人日:七草の節句

      1. 右上:すずしろ
      2. 左上:せり
      3. 右下:なずな
      4. 左下:ほとけのざ
      5. 真ん中上:はこべら
      6. 真ん中下:すずな
      7. 真ん中左:ごぎょう

他の四枚とは趣が異なるが,たまには変わったこともしたくなる。


エスプレッソと花束

児童館最後の日,NJさんからコーヒーとチョコレートをいただいた。NJさんにはこの二年半とても助けていただいた。あらためてありがとう。自宅でエスプレッソを飲むのは何年ぶりだろう。エスプレッソはインドネシアのコーヒー豆,チョコレートはオレンジピールをチョコレートで包んだもので美味。「素敵な子供達と先生達に乾杯!」のつもりでエスプレッソを味わった。とても美味しかった。

久しぶりにエスプレッソメーカーを使った

素敵なお花

2026年9月27日日曜日

版画百人一首

百人一首シリーズの新作を3枚。枠付き、カルタの取り札と同じ形状、同じサイズ。子供の頃、取り札が「ひらがな」だけでわかり難く、年上の女性達に太刀打ち出来なかったことを思い出し、子供でもわかるようにと始めた木版画百人一首。既作の5枚(こちら👉)と合わせてこれで8枚完成。先は長し,人生は短し。

百人一首:新作三首

田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ

山部赤人(ボートの5番目の赤い服😆)


君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ

光孝天皇


秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

天智天皇


百人一首:既作八首

2026年9月22日火曜日

秋分:二十四節気

 明日は秋分。木版画のタイトルは「月夜の彼岸花」。

月夜の彼岸花

月夜の彼岸花:小さな額入り

ブルーの彼岸花に違和感を感じる人も多いと思う。事実,僕自身もずっと彼岸花は赤だと思っていた。七月脚の手術の前に中高の友人二人と「最後の晩餐」と称して食事をした後の雑談で,彼岸花の版画の構想を話した。技術的な理由で赤い彼岸花は断念し,非現実的だがブルーの彼岸花にしたと話すと,博識のTK内君が「ブルーの彼岸花もある。加古川の花の寺にあるから是非観に行くと良い」とアドバイスしてくれた。

敬老の日の昨日九月二十一日,ちょうど彼岸花のシーズンに円照寺を訪れた。境内は色とりどりの彼岸花で溢れていたが,残念ながら青い彼岸花は八月末から九月始めがシーズンで,今年は九月十三日に青い彼岸花は終わったらしい。

円照寺境内の彼岸花

円照寺境内の彼岸花

実は小学二年生から大学院まで二十年足らず加古川で暮らした。円照寺へ行った帰りふと自宅のあった場所へ行ってみた。住んでいた家はまだあった。小学二年生の時に建ったのだから築60年以上になる古い家だ。雨戸がパリのアパルトマン風の鎧戸,2階にはベランダがあり洋風の屋根の当時としてはとてもモダンな家だった。母が死んで1年後,空家のままにしておくのも不用心だと,家族三人でフィラデルフィアに長期で滞在することになったのを機に手放した。40年以上も前のことだ。

随分古いから建て替えても良さそうだが,面する東の道,南の道はともに4メートルに満たない細い道だから,都市計画上建て替えに伴う土地のセットバックを避けているのかもしれない。しかし本当のことはわからない。それでもお隣さんや近所には見覚えのある表札が掲げられていてとても懐かしかった。

その後町の中心へも足を延ばしてみたが,子供の頃とても賑わっていた「寺家町通り」という商店街はすっかり寂れ「シャッター通り」になってしまっていた。小学校の同級生だった傘屋,洋服屋,下駄屋,居酒屋,お寿司屋も見当たらなかった。おそらく昔の駅前通りだった所には,MYKという時計屋(昔はレコードも売っていた)や女性服のGZ屋,もう一つの大きな交差点の角のICI文房具店はまだあったが,町は昔の面影もなくすっかり様変わりしていた。なぜか「もうここに来ることはないだろうな」と思った。そして中原中也の「帰郷」を思い出した。特に最後の「ああおまえは何をしてきたのだと 吹きくる風が私に言う」が胸に刺さった。





住吉大社

シルバーウイークの初日の20日,和歌山まで墓参りに行った帰り,大阪の住吉大社に寄ってみた。住吉大社は源氏物語にしばしば登場する知られた神社だが訪れるのは今回が初めて。多くの人々,特に生まれたばかりの赤ちゃんを連れた「お宮参り」 の人々で賑わっていた。有名な朱色の太鼓橋が華やかさを醸し出す。

太鼓橋

源氏物語関屋澪標図屛風

境内には番号付きの四つの本宮がある。それぞれ檜皮葺の屋根の立派な建物なんだが,どうも僕には神聖さとか荘厳さが感じられない。僕は無神論者だが,それでも大分の宇佐神宮,宮崎の高千穂神社,伊勢神宮に行ったときは,何か訳のわからない荘厳さを感じた。否定的な言い方になったが,逆に言えば,住吉大社はとても庶民的で人々の間に溶け込んでいる。

奥まで続く四つの本宮

四つの本宮にはそれぞれ賽銭箱があるのが商売っ気たっぷりで何とも大阪らしい。加えて散在する小さな社もすべて賽銭箱を持っている。すべて回って賽銭を投げ入れると随分な出費になる(笑)。賽銭箱はあるが,どういう訳か,カランカランとなる「本坪鈴」や「鈴緒」は無い。

一番奥にある大きな楠の下,楠珺社で招き猫を求めた。左手を挙げている猫は人を招き,右手をあげている猫はお金を招くらしい。僕がどちらを求めたかは写真より明らか。

大きな楠

楠珺社

招き猫





2026年9月9日水曜日

九月九日重陽の節句

今日九月九日は重重陽の節句。別名菊の節句。五節句のうち一年で最後の節句だ。三月三日の上巳の節句(雛祭り,桃の節句),五月五日端午の節句(子供の日菖蒲の節句),七月七日は七夕の節句(星の節句,笹の節句)がそれぞれよく知られているのに対し,重陽の節句はあまり一般的ではない。雛人形,鯉のぼり,笹飾りのように大人も子供も楽しめるような行事がないからだと思う。事実,車のナビは朝エンジンをかけると「今日は九月九日,救急(99)車の日です」と味気ないアナウンスがあった。もう少し味のあるアナウンスをするナビはないものだろうか。たとえば「今日は重陽,菊の節句です」とか。

重陽の節句は菊の節句とも言われ,薬効のある菊を浮かせた「菊酒」を飲むというのが行事らしいが,もちろん,これは子供向けではない。それでも,やはりあまり知られていないからこそ,ここは正攻法で菊を題材とすることが一番良いと考えた。そこで作った版画がこれ。

重陽:大輪の菊

どこにでもあるようなありふれた図柄になってしまったが,菊以外には見えないからこれはこれで良しとしよう。実はこの版画のような大輪の菊が咲くのはもっと先,十月に入ってから。個人的には立派な菊よりも,小さな野菊,野路菊が好みなんだが,「重陽」という漢字からはやはり大輪の菊を連想する。これで五節句のうち四節句がそろった。以下それらを列挙しよう。

  • まずは三月三日,上巳の節句。これは言わずとしれた桃の節句ひな祭り。ぶらっとO市の「雛めぐり」を訪れた。立派な雛人形がたくさん飾られていたが,心を惹かれたのは,布で作られた小さな立雛(たちびな)だった。中学高校時代O市から遠路はるばる列車通学をしていた友人がいたことを思い出した。

上巳:立雛
  • 次は五月五日,端午の節句。こどもの日で休日,ちょうど五月のゴールデンウイークのさ中。この時期の図案の題材はたくさんある。まず第一は鯉のぼり。これはこれまで三回挑戦した。そのうち二回はなぜかステンドグラス風鯉のぼり。もう一つは四万十川の鯉のぼりの川渡し。その次は,食べ物,粽も柏餅も作ってみた。そういうわけで種切れ気味の端午の節句。そんなとき子供たちが新聞紙で兜を作っているのをみて,それを題材にしようと考えた。やはりなぜかステンドグラス風。

端午:ステンドグラス風兜

  • 最後は七月七日七夕。5月に東北を車で巡った。2022年には「奥の細道」をめぐる旅と称してロードスターで東北を旅(👉こちら)した。その旅と少し重複はするるが,今回は飛行機とレンタカーを利用して宮沢賢治,柳田國男,太宰治,森敦をめぐる旅。仙台空港から始まった旅の二日目,花巻から遠野に向かう途中,宮守川橋梁に出会う。その時のイメージで七夕の版画「銀河鉄道と天の川」を作った。天の川を描くのに苦労した。天の川の両岸の大きな星はそれぞれベガとアルタイル。
七夕:銀河鉄道

残すは人日の節句,七草の節句のみ。この節句だけは月と日がゾロ目ではなく1月7日。まだ手もつけておらず,七草粥以外何のアイデアもないが,添える判子(篆刻)だけは完成している。

右より人日,上巳,端午,七夕,重陽




2026年9月7日月曜日

白露:二十四節気

今日は白露。先週末から続く雨のせいか,漸く朝晩は気温が少し下がってきたような気がする。この時期スーパーや農協のお店にはたくさんの無花果が並ぶ。子供の頃住んだ家の裏庭には無花果の木があった。無花果の実がなる時期には,好きな時に好きなだけ千切り食べていた。そのため無花果がパイナップルやバナナのようにお店で売られる希少な果物だと知ったのは大人になってからだ。そんなことを思い出しながら,無花果を版画にした。さりげなく皮の筋を描くのに苦労した。瑞々しさは表せなかったが,少なくとも無花果以外には見えないので一応は成功かな?

いちじく

いちじく:小さな額入り

中島敦『山月記』「時に残月,光冷やかに,白露は地に滋く,樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。」(『山月記・李陵』,岩波文庫,117ページ)




2026年8月22日土曜日

処暑:二十四節気

明日8月23日は処暑。まだまだ暑い日が続くが,時折秋の気配を感じることが多くなった。

小学生の頃住んだ家の裏隣には小さなお地蔵さんがあった。お地蔵さんは小さな建物のなかに祀られていたため,直接それを見たことはないが,おそらくこのような感じだったんだろう。お地蔵さんは地域の人々によって管理されていた。夏の今の時期になると紅白の提灯が飾られて,多くの人が集まり子供たちにお菓子が配られていたことを覚えている。

地蔵盆

地蔵盆:小さな額


これが私の古里だ さやかに風も吹いている
心置きなく泣かれよと 年増婦の低い声もする

あゝおまえは何をして来たのだと......
吹き来る風が私に云ふ
 (中原中也「帰郷」より)

2026年8月8日土曜日

立秋:二十四節気

今日は立秋。暦の上では秋が始まるが,実際には夏真っ盛り,至る所で酷暑日が続く。しかし僕はしばらく暑さとは無縁の完全空調下の病院にいた。実は下肢の血液の循環に問題があり,血管内の治療を行っていた。カテーテルと呼ばれる細い管を太ももの動脈に入れ,血管内に溜まった石灰質を細いドリルで削り取り狭くなった血管を太くするものだ。治療は朝9時ごろ始まり午後1時までかかる予想していたよりはるかに大変なものだった。今日このことを発信していることは,短期的には治療がうまく行ったということだ。つまりまだ僕は生きているし,脚もある。改善したかどうかはこれからの生活のなかで実感できるかどうかによる。

立秋の版画の図案は「蚊取り線香」これまで蚊対策としていろいろなものを試したが,匂いや煙たさはさておき,これが最も実効性があった。しかし版画は,暑さも感じないし,かといって秋の涼しさも感じさせないインパクトのないものになってしまった。二十四節気,一年に24枚も作ればこういう時もあるだろう。

立秋:蚊取り線香

蚊取り線香(小さな額入り)














2026年7月21日火曜日

大暑:二十四節気

明後日、7月23日は大暑,夏真っ盛り。日本中あちこちで花火大会が開催される時期だ。花火は夏の季語だ。事実,小学生の頃暮した加古川でも「川祭り」と称する大きな花火大会が夏に開かれていた。また一時期暮らしたフィラデルフィアでも独立記念日に花火大会があり所属していた部局のメンバーが花火が見える窓の大きなホテルの部屋に集まり花火を楽しんだ記憶がある。木版画の図案はモノクロームに近いイメージにした。花火が僕の頭の遠い昔の記憶のイメージであることを表している。篆刻は大暑。

花火

花火(小さな額入)


2026年7月17日金曜日

歯折れて,力尽きる

桃を丸ごとかじっていて誤って大きな種をかじり前歯が一本折れてしまった。慌てて歯医者さんへ行き現在治療中。折れた歯は元には戻らないが,残った根元に人工の歯を継ぎ足して見た目にはわからなくはなるとのことでホッとした。どこが,どのように折れたかは以下のとおり。

つまり左上の前歯が折れた

黒い篆刻の陰影は「歯折力盡(歯折れ,力尽きる)」字は甲骨文字。後漢書の「刀折矢盡」をもじったもの。歯が折れたのはこれで2回目。前回2年ほど前は,堅い吊るし柿を噛んでいて奥歯が割れてしまった。年をとると体のあちこちが弱くなる。これからはなんでもガツガツ食べるのではなく丁寧に食べる必要がありそうだ。



2026年7月7日火曜日

小暑:二十四節気

7月7日は小暑,いよいよ本格的な夏の到来。木版画の絵は熊本と島原を結ぶ小さなフェリーボートとカモメ。実際にこのフェリーに乗ったのは4月の上旬,あいにくの曇り空で肌寒い日だったが,穏やかな有明海の心地よい船旅をカモメと一緒に楽しんだ。

雨の中の旅行だったが,原城をはじめ、長崎の外海(そとめ)や平戸の潜伏キリシタン遺産を訪ねた印象深い旅だった。その時の光景をそのままそっくり夏の青い空の風景に移し替えた妄想の産物。

有明海のフェリーとカモメ


有明海のフェリーとカモメ(小さな額入)


図柄はフェリーからの景色だが,見えたフェリーは黒いクマモンの描かれたフェリーで曇り空に妙にマッチしていた。版画のフェリーは乗船したフェリーで実際に見えたフェリーではない。実際に見えたのは以下のような風景。ずいぶんイメージが異なることがわかるだろう。

クマモンフェリー



2026年6月21日日曜日

夏至:二十四節気

6月21日は夏至。一年で一番昼が長い日。暦の上では、5月5日に既に夏になっているのだが、体感的には毎年夏至になって夏が来たなと感じる。夏の花と言えばやはりひまわり。ありふれた題材だが、なんとなくゴッホ風にしてみた。ゴッホは、働いていたころ毎年のように訪れた馴染みの国オランダの人だ。この人もとても真面目に生きた人だと思う。

ひまわり(ゴッホ風)

ひまわり(小さな額入)

アムステルダムのゴッホ美術館はもちろんのこと,30年以上にわたり共同研究をおこなった畏友の家に近いクレーラー・ミュラー美術館もまたたくさんのゴッホの作品を所蔵・展示しているすばらしい美術館だ。ゴッホ美術館は一度訪れただけだが,クレーラー・ミュラーは,共同研究の合間をみつけて都合3回訪れた。

もうヨーロッパに行くことはないだろう。活動範囲は家の近所がほとんど。しかし、まだまだThink globally, act locally‼️

2026年6月6日土曜日

芒種:二十四節気

6月6日は二十四節気の芒種。つまり芒(のぎ)のある植物の(種)を植える時期。具体的には稲の田植えの時期を指すようだが,やはり芒が絵にある方が芒種らしい。そこで芒のあるもう一つの植物である大麦の穂を木版画にした。ちょうど今は大麦の収穫時期。たくさんの芒があることを,いくつかのパステルカラーの麦の穂とその重なりでそれを表してみた。添えた篆刻はもちろん「芒種」

大麦畑

大麦畑(小さな額入)

大麦と言えば,僕はケンローチの映画「麦の穂を揺らす風」を思い出す。ただし版画の麦の穂は風に揺られてはいない。アイルランドはとても行きたい憧れの国だったが,とうとう行くチャンスは来なかった。アイルランドはこの映画とフランク・オコナーを通してしか知らない(阿部公彦訳『フランク・オコナー短編集』岩波文庫)もちろんジェイムス・ジョイスも未読だ。憧れるには何も知らない方がいいのかもわからない。

アイリッシュウイスキーは美味いらしい。

2026年5月21日木曜日

小満:二十四節気

5月21日は啓蟄。小満の版画はさくらんぼ。ちょうど東北旅行を計画中に思いついた図案だが,実際に山形へ行くと,道沿いの果樹園のさくらんぼはまだ実っておらず,さくらんぼは小満の図案としては少々早すぎた。しかし遅れるよりは早めの方がずっと良い。

版画はいろいろなタイプを試行錯誤している最中。先ずは黒い線で輪郭を描くという方法(重主版法と呼ぶらしい)でやってみた。版は背景のグレー,さくらんぼの赤,輪郭の黒の3版だから比較的早く出来上がった。正確に言えば器は輪郭がなく黒がベッタリ。左端のさくらんぼの輪郭が少し欠けたが仕方がない。もっと細い線で輪郭を描きたかったが今の力ではまだまだ難しい。

さくらんぼ(主版法)



さくらんぼ(小さな額入り)


出来上がりはまあまあだが,やはり黒く太い輪郭のせいで,初夏らしい清々しさがない。そこで版をを重ねるいつものタイプ(分解法と呼ぶらしい)も作ってみた。ここでも枝を細く彫るのが至難の技。お皿は木製をイメージしているが,ぼかしの手法を使い影を表してみた。少し小満の清々しさが出たように思うが,どうだろう。


さくらんぼ(分解法)






霜降:二十四節気

本日10月23日は二十四節気の霜降。秋もいよいよ終わりですね。霜降の版画は落ち葉。 少し体調を崩しているので、版画はしばらくお休みします。 霜降:落ち葉 落ち葉:小さな額入り