2021年10月18日月曜日

月に吠える

萩原朔太郎は群馬県の前橋の人だ。前橋には先日亡くなった叔父(父の弟)が住んでいたし,新しい三人の家族もすべて前橋生まれ。何よりも科学者として筋を通した尊敬する高木仁三郎氏が前橋の人である。前橋は遠いところだが,このように縁がないわけではない。朔太郎の詩集『月に吠える』をふと読み返したくなったが,手元には見当たらない。

誰かに貸したことは覚えているのだが,誰に貸したかを忘れてしまった。まあ随分前の話だからおそらくもう返ってはこないだろう。そんなことを考えていて,木版画のイメージが浮かんだ。月に吠えるのは犬だけではない。クジラだって時には氷山の影で吠えたくなることだってあるだろう。題して「月に吠えーる(whale)」

木版画:月に吠えーる


構図はまったく違うのだが,この版画は木版画教室のKYさんの作品(9月のカレンダーのお月さん)に触発されている。そこではブルー系の色が巧みに組み合わされて透明感のあるとても素敵な版画になっている。同じようにブルー系の色で,南氷洋の透明感と寂しいクジラの遠吠えを描きたかったのだが,,,。

もともと芸術的素養がない上,絵画の基礎的訓練を受けたこともない。さらには木版画の高度なテクニックもないから,相変わらず小学生の図工の宿題のような版画だが,これが僕の版画なんだと割り切ることにした。木版画を初めて約3年,意外と早くそのことに気がついた。

経済学の研究を生業としてきたが,周りの秀才研究者たちは,注目すべきトピックを高度な数学を駆使して分析した最先端の研究成果を次々と発表しているのに対し,そのような研究者としての才能にあまり恵まれなかった僕は,相変わらず特に注目されているでもないトピックを単純な手法で分析するということしかできなかった。

ずっと自分の研究に対し,なんとなく人の目が気になっていた。しかし50歳に近くなった頃だろうか「これが僕の研究スタイルなんだ。これしかできないんだから,誰がなんと言おうと死ぬまでこれを続けるしかない」と割り切ると,意外とそれから肩の力が抜けた論文を発表することができた。事実50歳台半ばから定年までの間が論文の生産性が一番高い時期だったように思う。

本職の経済学ではそのことに気がつくのに30年近くかかったが,その経験からか木版画では,気がつくのが比較的早かった。これで続けていこう!




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