2023年10月21日土曜日

九州紀行

女房の故郷大分へ行ってきた。夜神戸発のフェリーに乗れば,早朝大分に到着する。40年間毎年のように利用した航路で,今瀬戸内海のどのあたりを航行しているかまでなんとなくわかるほど。自宅の延長のようで全く緊張感はなく,展望風呂に入って部屋に戻ると,すぐに眠ってしまった。朝起きると船はすでに豊後水道,大分港到着の直前だった。

出航前のフェリー

船の右手前方には九州の山影が見える

朝食を済ませると,予定が詰まっている女房とは夕方に合流することにして,一人,砂湯で有名な別府の「竹瓦温泉」を訪ねた。

歴史的な建物

砂湯は人数制限があり予約制だ。しかしウェブでも電話でも予約は不可能,現地で直接受付の人に申し込む。僕は9時に到着したが,確保できたのは10時15分からの砂湯。付近を散策したり,温泉の待合室で寝転んだりしているとすぐに10時15分になった。

砂湯の入り口
男女別々の更衣室を過ぎれば,あとは男性も女性も一緒。更衣室で備え付けの浴衣に着替え湿った砂の上に寝転ぶと,女性(「砂かけばばあ」という妖怪が『ゲゲゲの鬼太郎』に出て来たが,砂湯の女性は「ばばあ」からも「妖怪」からも程遠い若く優しい女性)が鍬(くわ)を使って身体に砂をかけて生き埋めにしてくれる。もちろん,顔は砂の上に出ているから本当の生き埋めではない。ポカポカと身体が温まる15分ほどで終了。少しずつ砂を払って砂から出る。

死んだわけではありません

まだ生きています

身体にたっぷり付いた砂を払うのが大変だが,浴衣を着たままのシャワーの後,あたたかい温泉に浸かって砂湯コースは完結。竹瓦温泉を出,すっかり寂れた別府の商店街を抜けてJR別府駅へ。日豊本線で大分まで向かう。大分はキリシタン大名大友宗麟の町。駅前には大友宗麟の銅像と並んで,フランシスコ・ザビエルの立派な銅像がある。こんなにお天気なのに,両手を広げ「雨が降り出したのではないか?」と心配しているような様子。それとも何かを尋ねられて,「さあ,わかりません」と言っているような,,,

雨かな?

ちょっと遅い昼ごはんに,地元の料理「とり天」と「リュウキュウ」を食らい,午後は商店街(ポルトガル語のセントポルタ中央町,イタリア語のガレリア竹町と何やら外国風の名前)をぶらぶら,定評のある書道用品店で篆刻用の石を買い込んだり,お気に入りの日本酒,麦焼酎,菓子などを買い込んで一日の予定は終わった。

2023年10月20日金曜日

ベートーベン

芸文センターで久しぶりにベートーベンの弦楽四重奏を楽しんだ。演奏はジュリアード。演目はベートーベンの他にヴィトマンの弦楽四重奏(ベートーベン・スタディ)も。ベートーベンは13番(作品130)と大フーガ(作品133)。実はこれを生で聞くのはおよそ15年ぶり。2008年の11月にいずみホールでゲヴァントハウス弦楽四重奏団の演奏で同じ13番と大フーガを聴いて以来。

ジュリアード弦楽四重奏団

芸文センターの小ホールはとても好きなホールだ。ギリシャやローマの円形劇場のようになっている。たいていのホールは下から舞台を見上げる感じだが,ここだけは上から舞台を見下ろすのだ。演者の表情と合わさって一つ一つの音の出どころまでわかり,散々CDで聴いた曲でも初めて聴く音楽のように新鮮に聞こえる。「これはこんな曲だったのだ」と発見(聴?)する。実は心に残るコンサートの多くは,この小ホールで聴いている。




2023年10月19日木曜日

人工衛星饅頭

神鉄湊川駅から地上に上がったところに「関西名物人工衛星饅頭」というお店がある。山手幹線と湊町線の交差点の北西角の一等地なんだが,お店が開いている時はほとんどない。降りたシャッターには「人工衛星饅頭」と書かれているが,それがどんなものなのかもわからず半年間が過ぎた。実は半年ほど前から週に3回この前を通っている。

人工衛星饅頭

少し前地上に上がったときにお店が開いていたので驚いた。お客は全くいなかったが,ガラスの向こうで若いお兄さんが「人工衛星饅頭」を焼いている。それ以降お店はよく開いている。しばらくお休みだったのを再開した雰囲気だ。

見た目は「御座候」の回転焼きににているが,とにかく一個だけ買ってみた。税込一個100円。「御座候」より安い。材料は回転焼きと同じだと思うのだが,食感が全く違ってとても美味しい。焼き立ては熱すぎるので注意が必要だが,皮がパリパリしてとても美味しい。

工程は回転焼きに似ている

どうして「人工衛星」というのか理由をガラスの向こうで饅頭を焼いているお兄さんに聞いてみた。なんでも,旧ソ連が人工衛星,スプートニクの打ち上げに成功した年の翌年,人工衛星ブームの中で開業したとのことだ。僕の年齢ぐらいの歴史がある。お店が開いていると,必ず一個買ってバス待ちの時間に頬張る。1日のエネルギーの源泉だ。


2023年10月9日月曜日

ラテン語始めました!木版画はしばらくお休みします。

七十歳を機にラテン語の勉強を始めた。特に目的があるわけでは無いし,これからの人生に役立つことはまったく無いだろう。何よりもそれがものになる可能性はほとんどないのだが,何か新しいものに挑戦したくなった。

実は四十歳を少し過ぎた頃,ラテン語に挑戦したことがある。経済学の「お勉強」の過程で,Q.E.D. (quod erat demonstrandum;証明終り)や,ceteris paribus(他の条件を一定として)などラテン語の表記を目にすることが多かったから,少しかじってみたくなったのだ。  日本語の辞書や教科書は揃えたが,忙しさにかまけてほとんど手をつけることができなかった。定年退職時,蔵書はごく一部の幾何学や紋様の本を除きすべて処分したため,今回改めてテキストを購入した。

新しく購入した教科書。600頁以上の大著。

まだ,すこし読み進めただけであるが,今のところとても分かり易くラテン語の勉強を楽しめている。こんどは「経済学」という雑念(?)もなく,じっくり学べば楽しめそうだ。何よりも,ものになってもならなくても,人生の最後のフェーズでラテン語を勉強できるということは幸せなことだ。そう思うとラテン語の「難解さ」さえ楽しめそうな気がする。

というわけで,木版画と篆刻はしばらくお休み。5月の立夏から続けてきた「新二十四節気」も最近どうも「どこにでもあるような,何の工夫もないありふれた図案」を,彫って摺るだけになっていたから,ちょうど良い充電期間と考えている。彫ったり摺ったりは,適度な「肉体の疲労」と「時間の経過」を伴うため,「仕事をした気持ち」にしてくれるが,実は「創造的活動」とはほとんど関係がない作業なのだ。

彫りや摺りではなく,何を木版画にするかを探し出すこと,つまりイメージを作り出すことが一番重要で困難なことだ。充電期間に「ラテン語」の勉強や,最近ハマっている万葉集を足がかりとする小旅行で,木版の題材を探したい。それが木版画における僕のスランプ脱出法だ。どうしても誰かに伝えたいイメージが浮かべば,それを木版画にしよう。

新二十四節気・冬至

今週末の土曜日(12月21日)は冬至。北半球では一年で夜が一番長い日だ。ただし日の入りが一番早いわけでも無いし,日の出が一番遅いわけでもない。日の入りから日の出までの時間が一番長いというだけだ。実は,日が暮れるのが一番早い日は冬至より少し前,日の出が一番遅いのは冬至より少し後にな...