2021年5月20日木曜日

平家物語

『平家物語』を通読したことはない人でも,その冒頭は聞いたことがあるだろう。

祇園精舎の鐘の声,諸行無常の響きあり。

作者不詳,盲目の琵琶法師によって語られていたらしい。したがって,この冒頭には琵琶の音が付き物だ。べ〜ん,べ〜ん,べん,,,。『平家物語』を木版画にしてみた。琵琶と水面に映る月。篆刻は「祇園精舎」。「諸行無常」,「盛者必衰」など魅力的な言葉は他にもあるが,やはり一等最初の祇園精舎は外せない。

『平家物語』は12世紀,つまりおよそ900年前のことだが,実はとても身近にある。平清盛が定めた福原京は自宅から車で15分の兵庫区の平野(ひらの)にあったし,一ノ谷の戦い,鵯越の逆落としの舞台は家のすぐ近くにある。中央市民病院への通院,木版画教室への通学,三ノ宮での買い物の際は,必ず平野の交差点を通過する。平野の交差点には平清盛の銅像まであるのだ。

ところで,祇園精舎の鐘はどんな音がするのだろう。祇園精舎(注記)へは行ったことがないのでわからないが,高校生の時以来ずっと,大きな釣鐘から「ゴ〜〜〜ン」という音が響くのだろうと思っていた。しかし実際にはそうではないらしい。英語訳を読んで初めてわかった。次のような脚注がある。

The Japanese reader must always have heard in the opening lines the familiar boom of a bronze temple bell, but scripturally these bells were silver and glass. At the  Jetavana Vihara (Gion Shoja, built for the Buddha by a wealth patron) they hung at the four corners of the temple infirmary and were rung when a disciple died.

(The Tale of the Heike, New York: Penguin Classics, translated by Royall Tyler)

つまりお寺の四隅にかけられた銀とガラスの鐘のようだ。ガラスだから大きなものは作れないし,もちろん撞木(しゅもく)でつくと割れてしまう。風鈴のようなものだろうか?それなら「ゴ〜〜〜ン」では「ちりん,ちりん♪」。ちょっとイメージは変わるが,「諸行無常」にはその音の方がふさわしい気もする。

(注記)東京のK大のS君は計量経済学のエキスパートだが,なぜかインドに精通していた。もちろんインドには有名な統計学の研究所があるが,彼は主としてフィールドワークのために何度もインドへ行っていたように記憶している。一度インドへの同行を誘われたのだが,そのころ僕は病気が寛解状態で体力に自信がなく行けなかった。病気続きの50代だった僕に対して,元気一杯で精力的なS君だったが,一昨年末突然亡くなってしまった。僕はすっかり健康を取り戻したが,彼の案内でインドへ旅行することはできなくなってしまった。



2021年5月11日火曜日

陰翳礼賛

小村雪岱(1887-1940)の作品に,黒地の背景に白を小さく一部切り抜くものがあり,僕はそれにとても惹かれた。動機は不純なところもある。木版画をやる人ならわかるはずだが,白地に黒を残すのはとても難しいが,黒地を白く彫る,削るは比較的簡単だからだ。小村雪岱の作品は単純な図柄でもとてもインパクトがあるものだった。

ふと思いついたのが,茶室だ。戯れに薄い光が差し込む障子と茶碗を小さく描いてみた。自分では,俗にいう「わび,さび」を表したつもりだが,それには程遠い。木版画を説明するような篆刻を添えようとしたが,良い漢字が見つからない。「侘」,「寂」の判子ではあまりにも直接的で少し恥ずかしい。「茶」は論外。そこで,お茶の達人Sさんに画像を送って相談してみた。帰ってきた返事は『陰翳礼讃』,谷崎潤一郎の随筆である。即答だった。

僕は題名は聞いたこと(正確には見たこと)はあったが読んだことはなかった。なにせ難しい漢字だから。『陰影礼賛』なら読んでいたかもしれない。さっそく図書館で借りてきた。80ページほどの小さなものだが,まさに一気読みだった。1933年-34年に書かれたものだが,今でもまったく納得することばかりだった。さすがSさん!と彼女のセンスに感服。ちょっと僕の版画には勿体無い言葉だが『陰翳礼讃』の篆刻を作成した。陰の右が少し下がった感があるが,久しぶりに刻した大きめの判子(24ミリ四方)としては上出来だ。

茶室と障子

木版画だけではなかなか作品のレベルには達しないし,篆刻だけでもまたそうである。しかし両方合わせると,目新しいので少しは見栄えがする。経済学と数学の混ぜご飯のようなことをしてきた僕にとっては身に合っているのかもしれない。しばらく,木版画と篆刻の混ぜご飯スタイルでやってみよう。


2021年5月9日日曜日

版画クッキー

ふとした縁で知り合い,木版画のハガキをお送りした遠方のOさんから,今朝サプライズのプレゼントが届きました。箱を開けてみてびっくり。中身は手作りのクッキーで,なんとそのクッキーは僕の版画,「伏見稲荷」の鳥居と狐,「天山南路」のラクダをモチーフにしたものでした。色付けはココア,ラズベリー,紫いも,かぼちゃなどすべて天然素材。見ているだけでなんとも幸せな気持ちになります。しばらく食卓に置いて目で楽しみ,その後で紅茶と一緒にいただきます。

本当はもっと沢山ですが,お皿にのらないので。

緊急事態宣言下の閉塞感を打破する,すてきなプレゼントでした。とてもハッピーな気持ちになりました。ありがとう。


2021年5月5日水曜日

鯉のぼり(ステンドグラス風)

今日は子供の日だ。お天気は生憎だが,5月になると,空に泳ぐ鯉のぼりを見ると爽快な気分になる。子供の日というものの,緊急事態宣言下,外出も制限され子供たちはのびのびと遊ぶこともできない。体も心も一番成長する時に一番辛抱を強いられている子供たちがとても可哀想だ。そんな訳で,子供たちのために鯉のぼりの木版画を作ろうと急に思い立った。

この時期ありきたりの題材をどのように特色を出すかを考えていて,ふと「鯉のぼりの鱗は,ヨーロッパのステンドグラスに似ているなあ」と思いついた。「それなら大聖堂のステンドグラス風の鯉のぼりもいいんじゃないか」と全体を教会の窓のステンドグラスにしてみた。

ステンドグラス風鯉のぼり

ハガキサイズに刷ることを念頭に置いているので,木版画のサイズは縦9センチ,横7センチの小さいもの。彫るのも苦労したが,一番厄介なのは色遣い。ステンドグラスの透明感はどうしても出せなかった。コロナが少し落ち着いて緊急事態宣言が解除され,木版画教室が再開するとこのみ先生に聞いてみよう。それまではじっと我慢,不要不急の外出は控え家の中で過ごそう。

新二十四節気・冬至

今週末の土曜日(12月21日)は冬至。北半球では一年で夜が一番長い日だ。ただし日の入りが一番早いわけでも無いし,日の出が一番遅いわけでもない。日の入りから日の出までの時間が一番長いというだけだ。実は,日が暮れるのが一番早い日は冬至より少し前,日の出が一番遅いのは冬至より少し後にな...