Did you have a good year?
今年はどんな年でしたか?楽しかったり,悲しかったり,寂しかった,ほっとしたり,それぞれが,いろいろな気持ちで新年を迎えようとしておられると思います。皆様が,少しでも,心穏やかに,体健やかに大晦日を過ごされることを願っています。
たくさんの人たちに助けられ,励まされ,心配りを受けた一年でした。
あらためて皆様に深く感謝いたします。
良いお年をお迎えください。
Did you have a good year?
今年はどんな年でしたか?今週末の土曜日(12月21日)は冬至。北半球では一年で夜が一番長い日だ。ただし日の入りが一番早いわけでも無いし,日の出が一番遅いわけでもない。日の入りから日の出までの時間が一番長いというだけだ。実は,日が暮れるのが一番早い日は冬至より少し前,日の出が一番遅いのは冬至より少し後になる。
そんな気象の話よりも,冬至といえばやはり柚子湯。湯船にぷかぷか浮かぶ柚子を木版画にしてみた。石のハンコは新たに彫り直したもの。
絵柄は水(湯)に浮かぶ柚というだけで,それが風呂であるかどうかはまったくわからない。むしろ明らかに湯船とわかるところに柚子が浮かんでいるというありふれた図柄にはしたくなかった。しかし,水面をどう表すかが問題で,結局,福田平八郎の「鮎」の水面に大きく影響を受けたものになった。この濃いブルーと薄いブルーの色合いを選んだのはそれだけではなく,元はと言えば,二年前の晩秋,奥の細道を辿るロードスター一人旅の帰り道,長岡から金沢に向かう途中で立ち寄った「親不知」で,断崖絶壁から眺めたとても美しい日本海の水面の記憶である。
親不知:断崖絶壁から見た日本海の海面 |
今日,12月7日は大雪。「力作のない木版画展」も無事終わりホッとしていると直ぐに大雪になってしまった。それに合わせて作成した「二十四節気」の大雪の木版画は次の通り。妻が料理をしているキッチンに行くとちょうど葉を切り落とした小さな蕪が三つ。葉の切り口がとても綺麗なグリーンでまるで薔薇のように見えたので,それを大雪の木版画の図案とした。今は蕪が旬のようだ。
蕪の白い部分は根だと思っていたが,実は根はその下の小さな髭のような部分,白い丸い部分は根と茎の間が膨らんだもので根では無いそうだ。妻が準備していた株は既に葉の部分と根の部分は切り落とされ,直ぐに料理に使える状態だった。つまり根も葉もない蕪だ!新作の版画に合わせて篆刻も新しく作成した。
「木版画展」に来てくださった沢山の方々,本当に有難うございました。
根も葉もないかぶら |
「力作のない木版画展」無事はじまりました。初日は生憎の雨模様。記念すべき最初の訪問者は,偶然前を通りかかった女性。ガラス張りのギャラリーをみてぶらっと入ってこられた。まさに、ちょっぴりにっこりしてくださり感激。
壁には全部で31点の小さな作品 |
入口のテーブルには「裏庭の風景」12点 |
奥のスペースには二十四節気24点。壁にかけることができたのは、半分の12点。残りは小さなフレームに入れて飾り棚へ。残念ながら季節の順序は、破綻せざるを得ない。 |
おまけで小物まで展示 |
昨年5月に始めた,新「二十四節気」の木版画シリーズは,秋分(こちら👉)で力尽きてしまった。 その後,「立冬」(こちら👉)で再開したが,「小雪」(こちら👉)が終わると弓折れ矢尽きてしまった。やはり食べ物に限定して,二週間に一度図柄のアイデアや添えるパッセージを考えるは思った以上に大変だった。それからちょうど一年になる。今年は小さな作品展(こちら👉)もするのでこの際,新「二十四節気」を完成させようとこの奮闘しなんとか完成させることが出来た。
当初はその時期に合わせて作っていたので,このブログやインスタグラムでタイムリーに紹介できたが,まとめて作成した今回(抜けていた「寒露」と「霜降」,弓折れ矢尽きた後,「大雪」から「穀雨」までの10節気の計12節気)はそうはいかない。もちろん全て「力作のない木版画展」で展示する予定だが,ちょうどタイムリーな「寒露」と「霜降」だけをアップロードすることにする。残りは順次タイムリーに紹介する。
寒露:栗ご飯 |
霜降:銀杏の松葉刺し |
二人展から3年が経ちました。同じ場所,ほぼ同じ時期に再び小さな木版画展をします。
案内状A |
案内状B |
趣味や道楽は自分自身が楽しめれば十分だけど,それで周りの人達もちょっぴりにっこりできればもっと良い。そんな思いで心にうつりゆくよしなし事を小さな木版画や篆刻にしました。力作なんてまったくない拙く小さなものばかりの作品展ですが,来ていただいた方方がちょっぴりにっこりしていただければ望外の喜びです。
得津一郎
会期:2024年11月26日(火)〜12月1日(日) 12:00~18:00
場所:Gallery & Space Coffretこふれ
〒657-0846 神戸市灘区岩屋北町1-7-18 サントヴィラージュ摩耶1F
7月14日の日曜日,お天気は良くなかったが,思い切って大阪まで「広重 — 摺の極」を観に行ってきた。大混雑と大行列を予想していたが,整理券方式で入場時間が来場者に割り当てられるため11時過ぎ会場に到着後間もなく11時30分にすんなり入場することができた。
作品展のポスター |
大混雑ではないものの会場内は結構な人。「鑑賞の順は特に設けていないから自由に行き来してください」とのアナウンス。つまり,混雑しているとはいえ自由に進んだり戻ったりできるほどのスペースの余裕はある。僕にとっては趣味や道楽の木版画だが,流石にプロの作品は絵も彫りも摺も次元が違う。僕の道楽の木版画とは別物と考えた方が正しい。それでもやはり,気分が高揚して一つ一つの展示作品を食い入るように鑑賞してきた。
僕の木版画と比べるのは烏滸がましいのだが,4月に行った「福田平八郎展」(こちら👉)の時と同様,自分がやっていることもまんざらおかしなことではないのだと妙な自信がわいた。
兵庫区の児童館で同僚だった若い女性(もちろん僕からみると皆若いのだが)は垂水から電車で通ってきていた。夜遅くなることも多いし,垂水は遠いから近くに引っ越せば良いのにと話すと,関東で育った彼女は,垂水がとっても気に入っているとのこと。そんな話をしているとき,サマセット・モームの短編「困ったときの友」に垂水の沖合の赤い灯台(ブイ)が描かれていることを思い出した。「困ったときの友」を読んだのはずっと昔だが,話の筋は覚えている。
「困ったときの友」は『コスモポリタンズ』という短編集に収められている。実は定年を機に蔵書はすべて処分した。「この本は持っておこう,この本は不要」と処分する本を選別するのは,上梓に渾身の力を込めたであろう著者に対して失礼な気がして,それならばと自分の著した本,恩師の本,友人の本を含めて研究室に置いていた本は,すべて公平に古本屋さんに引き取ってもらった。その中にモームのコスモポリタンも入っていたのだ。
今では本をすべて処分したことちょっぴり後悔している。そして恥ずかしながら,新たに購入し直した本も何冊かある。そういうわけで『コスモポリタンズ』もこれを機会に再購入した。しかし,経済学関係の書物は間違っても再購入はしないつもりだ。
龍口直太郎訳『コスモポリタンズ』(ちくま文庫) |
読んでみるとやはりモームの短編は面白い。『コスモポリタンズ』には「困ったときの友」だけでなく,「審判の座」,「幸福者」,「詩人」など,お気に入りの短編がいくつも収められている。あらためて読んでも,やはりとても面白かった。モームの「ひとひねり」を楽しむことができた。
そんなわけで,時間潰しに立ち寄る本屋さんの書棚でも,ついモームに目が行ってしまう。昔読んだ『月と六ペンス』,『アシェンデン』などもつい再購入してしまった。いずれも昔読んだ中野好夫訳や河野一郎訳ではなく金原瑞人の新訳。見慣れた紺色とくすんだグリーンの表紙の文庫本ではなく,カラフルで現代的だ。とても読みやすくすべて一気に読み終えた。やはり翻訳も自分が暮らしている時代の人のものが良いのかもしれない。これは円地訳,与謝野訳などで『源氏物語』を何度も挫折したことに共通している。『源氏物語』も角田光代訳が断然読みやすく思った。角田光代さんは1967年生まれ,僕より一回り以上若い。
金原瑞人訳:新潮文庫 |
『月と六ペンス』は,新訳をあらためて読んで,昔読んだ時と少し感じ方が違っているように思った。全般的にはありそうもないような話(芸術の世界ではありそうなことなのかもしれないが)が書かれていて,おそらく若い時に読み面白いと思った時の僕の興味はそこにあったのだろう。
しかし今回読んで一番面白いと思ったのは(というより妙に納得した,苦笑いをしたのは),小説の最後に描かれているストリックランドが死んだ後の,元ストリックランド夫人の振る舞いに関するところだ。なるほどこれが他の短編とも共通するモームの「ひとひねり」で,実は話の真髄であり,『月と六ペンス』という題名の所以もここにあるんだなと思った。もちろんそれは僕が感じただけでそのような感じ方が正しいかどうかはわからない。
梅雨入りする前に,いつもの三人で会おうということになり,橋梁のT君が神戸御影界隈を散策後,灘五郷の酒蔵で食事をするというプランをアレンジしてくれた。お天気は快晴というわけではないが,強い雨が降るわけでもなし,蒸し暑いというわけでもなし,肌寒いというわけでもない過ごしやすい1日になった。
JR住吉駅で午後3時に待ち合わせ。僕は神戸在住とはいうものの六甲山の裏から近距離郊外の市バス(つまり一律210円という定額路線ではない)で30分から場合によっては40分かかるので,心理的距離は京都や大阪から来るのとそんなに変わらない。ただ楽しいことで出かけるのは,移動も楽しい。
行き当たりばったりの僕とは違って,真面目で計画性のあるT君,全行程をきちんと計画,まずは,白鶴美術館でちょうど開催されていた中国美術コレクションを鑑賞することから始めることになった。
白鶴美術館:立派な建物 |
大きな家で塀の中は見えない。 |
晩御飯のことを心配しながらも,やっぱり食べてしまったアフタヌーンティー |
途中見かけた水車 |
四万十川:虹色鯉のぼりの川渡し |
レストランの立派な入口 |
なんといってもここでしか飲めない日本酒 |
料理もすべて日本酒にマッチするように用意されている |
大阪まで福田平八郎展を見に行ってきた。 敬老優待乗車証のおかげでバス代は半額。これまでは自宅のある北区から三宮へ出るのに市バスは500円だったがそれが半額になったおかげで街に出やすくなった。敬老無料乗車証ならもっと良いのだが。
三宮から阪神電車(最近阪神電車のファン)で福島まで行くと,あとは10分ほど歩くだけで中之島美術館に到着する。橋のたもとで美術館方向を見ると炎天下長蛇の列。鑑賞意欲がそがれる中ともかく会場までと行くと,実は長蛇の列は同時開催のモネ展。福田平八郎展は行列もなくスッと入場することができた。
僕は心臓に3つのステント(薄いネット状の金属製のパイプ)を設置してから,いわゆる「血液サラサラの薬」を20年間飲み続けている。高齢者(昨年70歳になった)で,血液サラサラの薬を服用している人は,強く頭を打てばそれがもとで硬膜下出血を発症するリスクが高いと脅かされた。それはすぐには現れず,時間が経ってから発症することが多いとのことだ。
念の為,いつもお世話になっている病院へ相談に行った。確かに僕はリスクが高いグループに入るらしい。大丈夫だとは思うが,CTスキャンで検査をすることになった。早めに兆候がみつかれば対処できるとのことだ。結果は今のところ異常無し。しかし,しばらくは用心するように言われ,「次のような兆候があればすぐに連絡を」という詳しい書類を渡された。
帰り道,病院の半地下にある駐車場で思わず満開の桜を見ることができた。ちょうど横長の映画のスクリーンに満開の桜が映っているようでとても美しかった。きっと脳は大丈夫に違いない!
銀幕に映る満開の桜 |
昨年のお花見(こちら👉)は少し出遅れたため今年は早めに計画。メンバーはいつもの三人(地質のT君,橋梁のT君),場所は夙川。開花予想と天気予報とランチの場所の予約の可否を考えながら3月最後の平日の29日(金)に決定。まずは夙川駅でお昼前に集合,ランチを済ませた後夙川をぶらぶらしようということになった。
今回ランチはイタリアン。窓からは夙川カトリック教会が見える。なんとなくミラノの気分。
レストランの窓から:夙川カトリック教会 |
美味いワインでお昼からほろ酔い気分 |
前回からまだ一ヶ月,三人にほとんど変化なし |
ランチの後,夙川沿いに香櫨園駅までブラブラ。やはり桜はまだ咲き始めたばかり,ところどころ桜の木の下で静かにお弁当を楽しむ家族を見かけるが,お花見の賑わいはまったくない。しかし考えようによれば,満開の桜のもと大勢の花見客に混じるよりも,これぐらいの方が,のんびり気持ちよく散歩を楽しめる。
チラホラというのか三分咲きというのか |
近くによれば一つ一つの花は全開 |
人影もほとんどなく静かに桜が楽しめる |
昨年の忘年会(こちら👉)で,地質のT君が次回は春に城南宮の梅見に行こうと言った。約束通り二月中旬,地質のT君から連絡があり,時期は二月末か三月初めではどうかと。メンバーは橋梁のT君を含めいつもの三人,地下鉄(近鉄)竹田駅で待ち合わせ城南宮へ向かった。
城南宮は訪れるのは初めて。それどころかT君に聞くまで名前も知らなかった。しかし着いてみると大変な賑わい。枝垂れ梅の庭に入るにも長い列に並ばなければならない。不謹慎だが白い着物を着た何人もの宮司さんが交通整理をしているのは少々滑稽。海外からの人たちも多い。こんなにも有名な名所だったのだと改めて実感。
庭に入ってみると見事な枝垂れ梅に圧倒される。こんなに見事な枝垂れ梅は初めて見る。ここは梅だけではなく,椿の名所でもあるようだ。椿と山茶花の違いがこれまでよくわからなかったが,橋梁のT君の理路整然とした説明に納得。これから僕はもう間違うことはないだろう。
枝垂れ梅は英語でweepingplum,確かに泣いている |
幻想的な梅林に見惚れる |
ちょっとやらせっぽい椿。花がみな通路側を向いている |
地質 のT君(左)と橋梁のT君(右) |
運河沿いの大きな酒蔵 |
お店の人に撮ってもらったが,slightly out of focus |
山陰の静かで寂しい雰囲気がとても好きだ。見慣れた瀬戸内海の海とは違う姿の日本海をみると何故かとても気持ちが落ち着く。相反するようだが,同時にこの海の少し向こうには大陸があるのだと思うとワクワクもする。
ちょっとしたことがきっかけで,香住町に一泊して蟹を食べた。蟹を食べるのは数年前地質のT君の紹介で出かけた京都の網野町の料理旅館以来だ。今回も蟹と地酒の日本酒を堪能した。
りっぱな蟹 |
昔の鉄橋の橋脚 |
とても高いコンクリートの橋 |
明日は二十四節気の大寒。英語で言えば "Great cold" 。まあ一年で一番寒い時期なんだろう。それでも,今週は旧友と二人キャンプに行く計画だ。キャンプの夜は鍋と日本酒に決定。キャンプについては別の機会にブログで報告するが,キャンプといえばやはり焚き火だ。...