そろそろクリスマスカードのシーズンだ。いろいろな図案が頭に浮かんでは消えていく。どれも小品で単純なものだ。しかしどれも捨てがたい。フィンジ作曲の5つのバガテルというクラリネットの小品がある。バガテルというのは小さいものだが,捨てがたいという意味らしい。そういう意味で,まるで連想ゲームのように戯れに作った5種類のクリスマスカードはまさにバガテルだ。
最初に考えたのはホワイトクリスマス。街中のホワイトクリスマスも素敵だが,版画にするには背景が複雑で僕のスキルでは手に負えない。そこで真っ白な雪原で背景は青い空にしようと考えた。冬の木は雪を冠っているので白抜きでオッケー。ただ木だけでは寂しいので,北海道の雪原ということにして,2匹の金色のキタキツネを走らせた。ついでに7本の木うち1本だけアクセントに金色の木にしてみた。こうして出来上がったのが下のクリスマスカードだ。
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ホワイトクリスマス |
戯れとは言え,よく見ると必然的にこんな図案になった気もする。息子は学生時代を北海道で過ごした。10年間もいたのに,息子がいるうちに僕が北海道を訪れたのは最後の年の夏に一度だけ。今度は雪のシーズンに訪れてみたい。そういう願望がこの木版画になったのかもしれない。もう一つ,オランダには畏友がいる。1990年に知り合って以来,共同研究のため,毎年のようにオランダを訪れた。もちろん飛行機はKLM(オランダ航空)だ。そしてKLMの飛行機のカラーがまさにこの色(ブルーとホワイト)なのだ。
オランダの畏友と言えば,二人で参加した最後のカンファレンスはイタリアのウルビーノだった。空港のあるボローニャでレンタカーを借り,ルビコン川を渡り(あまりにも小さな川で拍子抜け)二時間あまりのドライブで,ラファエッロの生まれた街ウルビーノに真夜中に到着したことを思い出した。
カンファレンスが終わった後再び車でボローニャまで戻るのだが,その道沿いに,お茶の達人Sさん推薦のラベンナがある。ラベンナは西ローマ帝国の首都,モザイクで有名だ。最初に立ち寄った町外れのサンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂(Basilica di Sant'Apollinare in Classe)に圧倒され,ちょっと寄るつもりが結局飛行機の出発時間に間に合うギリギリまで留まり,すべての聖堂を見た。ヨーロッパに住みながらオランダの畏友も訪れるのは初めてとのこと。そこには羊や三賢人がモデルとなったキリスト誕生に関するモザイクが多かった。
そこでクリスマスといえば狐ではなくやはり羊だと考え出した。7本の木の代わりに羊を並べる同じような図案が浮かんだ。左端に,ミレーの羊飼いの少女を入れたかったが,そうすると相対的に羊が小さくなりすぎる。そこで羊飼いは断念し,そのかわりベツレヘム の星を入れることにした。僕の技量がなさすぎるのか,普通に描けば羊は羊に見えない。豚か,犬か,はたまたカバか?そこで黒い顔の羊(black face sheep)にし「これは羊である」とイクスプリシットに示した。
ベツレヘム の星といっても,星は無数にあるわけだから,東方の三賢人がそれに気づくには通常ではない天文事象が生じたはずだ。そのため空を緋色にしてインパクトをつけた。そうして出来上がったのが次のクリスマスカードだ。
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ベツレヘムの星 |
いくつかの個体が並ぶという構図はとても気に入ったのだが,どれも色が原色で優しさというものが感じられない。そんなことを考えていて次に思いついたのが,クリスマスシーズンのバレエ,チャイコフスキーの「くるみ割り人形」だ。チャイコフスキーはあまり好みではないのだが(事実シンフォニーはどれも好きになれなかった),くるみ割り人形だけ,特に花のワルツは大好きな曲の一つだ。
前にもこのウェブログで触れたが,「孤独のアンサンブル」で東京交響楽団のクラリネッティスト吉野亜希菜さんが自宅の防音室で吹いていたのが「花のワルツ」だ。花のワルツでのダンスを木版画にしてみた。ただ足を開いて飛んだり跳ねたりといういかにもバレエというシーンは嫌なので,優しい色の背景で,軽いダンスのイメージにした。それでもバレエらしい足元を4種類考えてみた。雪をうまく表すのはとても難しい。自分ではランダムに彫っているつもりが,出来上がって見るとやはり規則性がある。
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花のワルツ |
これでクリスマスカード三部作が完成。これで終わりと思っていたのだが,ベツレヘム の星で,オー・ヘンリーの『賢者の贈り物(The Gift of the Magi)』を思い出した。
人生は,むせび泣きとすすり泣きと微笑みからなっている。そしてそのほとんどはすすり泣きなのだ。
1985-86年とアメリカのフィラデルフィア(Philadelphia)で暮らした。フィラデルフィアはニューヨークから南へ車で1時間ちょっとのところにある。そのため,何度もニューヨークを訪れた。ニューヨークで行きたかったところの一つが,グリニッジ・ヴィレッジ (Greenwich Village) だ。グリニッジ・ビレッジにはきっと『最後の一葉(The Last Leaf)』に出てくるようなアパートがあるに違いないと信じ込んでいた。そこで見つけたのがこのアパート。感動のあまり写真をパチリと一枚。
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グリニッジ・ヴィレッジのアパート? |
『最後の一葉』ではないが,この実在のアパートのイメージを『賢者の贈り物』のアパートに転用することにした。出来上がったのが次の木版画。灯のついた一室で長い髪を切ったデラが待っている。
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賢者の贈り物 |
ここまで来て,ふと大切なことに気がついた。自画自賛で,僕自身はどれも捨てがたい小品と思っているのだが,どうも版画ならではのものになっていない。絵で描けるものを木版画にしているだけなのだ。版画のスキルを上げてまるで絵のように綺麗な版画を作ることも大切だが,僕はそんなことよりも,版画ならでは,版画でしかできないようなものを作りたいのだ。作曲家が,フルートでもクラリネットでもオーボエでもその楽器がもつ固有の良さをもっとも引き出す曲を作るのと同じだと思う。ドボルジャークの9番『新世界より』の第二楽章は,やはりトランペットでもフルートでもなく,イングリッシュホルンなのだ。
ちなみに,この曲は『家路』と訳され,夕暮れ時の音楽のように思われている。事実小学校では下校時にこの音楽が流れていた。しかし,ドボルジャークは夜明け時,新世界(アメリカ)の平原,草原のあちこちで夜明けとともに動物(きっとバッファローやピューマ)たちが目を覚ますという情景をこの音楽にしたらしい。残念ながらこのことが書いてある出展を忘れてしまったが。
話をもとに戻そう。版画ならではの特性の一つに,版を替えることで色の重なりが比較的容易にできるということがある。そしてその版による色の重なりを利用することでグッと版画らしくなる。その特性を取り入れて簡単なクリスマスカードを彫ってみた。積み木で作った木のぬくもりのあるクリスマスツリーをイメージしている。
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積み木のクリスマスツリー |
疲れた〜。今年のクリスマスカードはこれで終わり。二人展までいよいよあと二週間ほど。準備万端で臨もう!